
稽古とは、本来、古(いにしえ)を稽(かんがえる)という意味で、先人の教えについて工夫、研究するということであり「考える」という意味が多分に含まれている。 さらに、歴史的に「稽古」には、「鍛錬」という訓練的な意味や「修行」という修養的な意味がある。
(AIの解答)
僕の日々のピアノ練習はまさに稽古だと思う。人前で上手く弾くのが目的ではない。そのようには上達できないという現実が一方にあるのだが(笑)。
バッハのc mollの〈プレリュード〉、同じくc moll〈パルティータ〉の「シンフォニア」、ベートーベン〈熱情〉の「第2楽章」。それらを日々訥々と稽古する。
二十歳を過ぎて初めてスケールの練習(藝大受験のため)に取り組んだ超晩学者の4と5の指は極めて不自由で、自立も自律も乏しい。でも毎日やっていると1cmくらいずつ前進しているように感じられる。
「生きるってのはこんなことかな」とふと思ったりする。なるほど、人生とは「生きる稽古」なんだ。そう思うとなんだか気楽になる。成功も失敗も稽古、作曲もピアノも、料理や飲み食いも、ウォーキングやテニスも稽古。何をやっても稽古。人生は生きるに値する!
楽天家が勝手な結論に至りました(笑)。