本の話⑩『宮澤賢治の世界』

『宮澤賢治の世界』(筑摩書房)

 どのような根拠で「澤」が使われたのかは良くわからない。普通は「沢」である。もしかして戸籍謄本に宮澤と記載されているのかもしれない。あるいは戦前の旧字体の流れを汲んだだけかもしれない。
 それはともかく、この本は素晴らしい出来!写真や寄稿の数々もみな優れている。
 先ず冒頭に草野心平の文があり、1926年の『詩神』に「もしも日本の詩界に天才がいるとしたらその栄誉ある天才は宮澤賢治である」と記したとある。そして最後に
「宮澤賢治は今日以降に於ますます大光芒を放つ約束をもつ」。初版の凡例に書いた言葉を矢張りここで繰り返すことのなんといふ胸わくわく。
と結ぶ。賢治は生前ほとんど知られることはなかったとされているが、賢治30歳の時に彼を天才と見抜いた心平の無垢の眼力は凄い。才能は才能を見抜く。「◯◯賞の受賞者、おお、それはスゴイ!」というのは俗人の反応であって、そのことにはなんの意義も意味もない。胸わくわく、いいですねえ。
 さて、僕も賢治の詩、童話の数々に引き込まれたたくさんの人びとのなかの一人である。谷川雁さんと組んで6〜7作品の童話の音楽、いくつもの合唱曲、三つの児童合唱劇を作って来た。いずれ僕なりの「銀河鉄道の夜」にも取り組んでみたい。
 そのアプローチの一段階でこの本に出会った。そして浅井愼平さんの次のような言葉に「そうだ、そうだ!」と手を打つのである。…前略「もともと人間も宇宙もシームレスに入り組んでいて、それらを観察する者は、全ての事象はつながっていると気づく。ちょっと考えてみるがいい。音楽だって宇宙の外から持ってくるわけではない。秀れた人間が音のつながりやリズムを見つけ出すのだ。神の啓示を受けるのだ。」…後略。
 人は大なり小なりそれぞれに天才である、と僕は思っている。未知の音楽や絵画や物語や風景に感動する、それはその人の中に感動できる天才があるから、なのだと思う。賢治の大きな天才は僕たちの小さな天才を大きなものに引っ張ってくれる、そんな風に思われてくるのです。


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