本の話 ②『中原中也』

岩波新書『中原中也』佐々木幹郎 著

副題に  沈黙の音楽  とある。はっとした。J.キーツの「ギリシャの壺に寄せるオード」の最初の一節に「聞こえる音楽は美しい/が、聞こえない音楽はもっと美しい…」。そうか、詩は無音の音楽と結ぶ。そのこと、そして詩人の心の動き、発想法、詩集の構成法や文字の置き方、詩の読み方、様々なことをこの書から学ぶことになった。この本は詩人にしか書けない。しかも佐々木幹郎という稀有な感性と分析力、そして何人をも凌ぐ中也への愛の持ち主だけに可能になった書だ。
思い出すままに記せば、大中恩〈骨〉、三善晃〈北の海〉他、末吉保雄〈サーカス〉他、石桁真礼生〈盲目の秋〉など数々の名作が書かれてきた。僕も〈祈り〉という男声合唱曲に中原の詩の一節「死の時には顋が上向かんことを…」を使わせてもらった。今一度、中原の詩に正面から向き合いたく、詩集を持ち歩いている。無音の音楽は書けない。どのように中原の「沈黙の音楽」を曲にできるのか。遥かな課題に思われてくる。